アンワイアード、IWの時代へ[ライフログ編]第10話
第10話「リビングの大型ワイドスクリーンテレビと共有感の創出」
※荒原稿
自分の親が、どんな経験をしてきたのか、詳細に知っている人はどのくらいいるのだろう。
周りに聞くと、ぼんやりとしか知らないという人が多い。親子関係が劇的に変化するきっかけは、体験の「共有感」にあるのではないだろうか。
親が若い頃、どんな経験をしてきたのか。
昔の話を聴いて、「親父も、今の自分と同じことを経験してきたんだな~」と思う瞬間。
「親」という鎖(ロール)がガラガラと崩れ落ち、一人の人間として見えてくる。
そんなとき、今まで感じ得なかった感情に浸る。ただ、そんな話をいきなり始めるのは難しい(というより照れくさい)。
名前で呼び合うくらいフレンドリーな親子関係なら、あり得るが、そこそこ厳格な関係にある家庭では、なかなか話しづらい。すんなり、話が進む場面があるとするなら、記憶の呼び起こしが無理なく進む環境に置かれているとき。
たとえば、幼少の写真を見ながら雑談しているときなど。カメラ好きの知人は、撮った写真を「Flickr」という写真共有サイトにアップしており、リビングの大型テレビでも見られるようにしている。
写真を撮ったら、その日にアップして、一回は必ずリビングのテレビで見るそうだ。夕食後などは、いつもケータイをさわっている息子さんも、チラチラとテレビを見ながら、プチ思い出話に参加してくるらしい。
時代が変わったなぁと思うのは、リビングのテレビに「テレビ局が放送している番組」が映っていないことだ。
チャンネル争いがあったのは遠い昔の話だとしても、テレビに写真共有サイトの画面が映し出されているのは驚きだ。息子さんは、いつもケータイで何かをやっており、そもそもテレビを積極的に見ようという姿勢ではない。
しかも一段落したら、自分の部屋に移動してしまうのだ。リビングでの「プチ想い出話」のフックになっているのは、テレビに映し出されるプライベート「写真」である。
重要なのは、大型のワイドスクリーンのテレビで見る写真の迫力、つまり「大きさ」だ。
そして、10枚、20枚という数ではない膨大な量のプライベート写真が、対話の時間を作り出している。
つづく
※荒原稿
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